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◆ギルフォードとコーネリア


「ギルフォード?」
呼んだ相手は、確かに部屋の中に居た。ただし、机に突っ伏していたが。
「……」
肩を叩こうとした手は、やんわりとした寝息に止まる。
疲れているのだろうか。明日の会議のための書類を、ひとりで揃えているとは言っていたが。
「すまないな」
剣よりペンのほうが性に合うようです、などと笑ってはいたものの。大事な仕事はどうしても信頼のおける相手に任せたいし、自分の場合はまずギルフォードの顔が浮かぶ。彼も断ることなど絶対しないから、なおのこと。
「真面目なのは変わらないな」
世間で言うなら幼なじみ、ということになるのだろう。
ギルフォードの母御が私の教育係についてからだから、もう20年近くか。
初めて会った時から、彼は私を「姫様」と呼んだ。気難しく口を引き結び、一緒にいてもにこりともしなかった。
「……20年か」
真面目な表情が崩れるようになった。私の前でも笑い、泣き、暴走する私を諫めるために怒るようになった。
「ギルフォード」
ぽつりとこぼした名に、ぴくりと肩が震える。
「ひ、姫様!?」
とんだ失礼を。椅子から跳ね上がるように立ち上がった彼に、ゆっくりと笑んで。
「疲れているのか?」
それならば休めと続けると、慌てた様子で首が横に振られる。
「それにだ。もう姫ではないから、そろそろ呼び名を変えろと言っただろう」
「しかし」
慣れないから、という彼の言い分も分かるが。
「私がそう呼ばれたいんだ」
強く押すと、観念したのかわずかに破顔して。

「……コーネリア様」

その一言で満足を覚える己は、もしかしたらとても簡単な人間なのかもしれないと思った。




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