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◆ジノナナ


後ろ手にドアをパタンと閉めた途端、下からくすくすと笑い声が聞こえた。
「陛下?」
「ごめんなさい。だって」
あんまり大きなため息だから。緊張が抜けた瞬間、無意識に出ていたらしい。
それに、と彼女はちょっと拗ねたような表情を浮かべ。
「部屋に戻って二人きりになったら、名前で呼ぶって」
「……すみません」
「敬語もダメ」
口調は怒っているが、口の端はほんのり笑っている。
「さすがにあそこまで、元上司がそろうとね」
「ジノさんも緊張するんですね」
どういう意味だ。軽くにらみつつ、彼女の車椅子をテーブルにつけて。
「紅茶でいいか?」
「はい」
次の政務までは二時間。ケーキと紅茶をナナリーの前に置くと、ぱあっと顔が明るくなった。
「美味しそう!」
「最近評判の店なんだってさ」
この顔が見たくて並びました、とまでは言わなかったが。
隣に腰を降ろして、傍らの彼女を見やる。
「食べないんですか?」
美味しいですよ。にこにこと浮かぶ、甘い笑顔を味わいながら。
「いや、食べてるよ」
「え?」
不思議そうなナナリーを、曖昧に微笑んでごまかす。

隣に座るこの時間が、一番近くで彼女の笑顔を見つめられる大切な時間だから。
ケーキより紅茶より、まず顔を見ていたい。
これは、私だけのささやかで、でも至福の時だ。




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