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◆ロロナナ


それは、兄にも内緒の、秘密の時間。

「ロロ、お待たせ」
うまく出来たと思うけど。そう言いつつ、置かれたものに目を細める。
「……ちゃんと膨れてるから、こないだのより進歩してると思うよ」
「もう、意地悪」
ぷく、とふくれた頬は、それこそ、目の前の焼き立てマフィンよりふっくらとして、柔らかそうで。
突つきたくなるのを必死で我慢して、僕はそこから目をそらした。
「あ、美味しい」
でしょう、とナナリーはすこし得意げだ。
「コツを教えてもらったら、ちゃんと膨らむようになったの」
それより、ロロのは?
きらきらと輝く目に、ちょっと怖気付きながら。カップケーキを包んだ袋をそっと渡す。
「進歩が見えなくて恥ずかしいけどね」
「……そんなこと、ない」
どうしてお兄様といい、ロロといい。お料理が上手なのかしら。
心底不思議そうに言うので、苦笑を噛み殺しながら。
「知らないだけで、他の人も上手かもしれないじゃないか」
「でも、スザクさんとリヴァルさんは、出来ないって」
それは聞いた人選が悪い。
――――とは、さすがに口に出せず。温かいマフィンを口にほうりこむ。

一ヶ月に、二、三回ほどの、ナナリーと僕だけの静かなティータイム。
料理上手で、そこらのシェフなど顔負けの兄に、手作りのお菓子を食べさせたい。でも自信がない。
そういうナナリーに味見役をかって出て。
ついでに、作り方をおぼえるために自分も始めたら、これまた妙なライバル心を持たれてしまって。

それでも。
お兄様には内緒。いきなり見せて、びっくりさせたいから。
ナナリーの意志を尊重して、兄はわざと気付かぬ振りをし、わざと家を空ける時間を作ってくれていた。

二人だけの静かな空間で。僕は日頃より、ずっと近くで。ころころと変わるナナリーの表情を楽しんでいる。

「でも、ロロはもう、お兄様に食べさせてもいいんじゃ」
充分に上手だし。
ナナリーの言葉に、ゆるゆるとかぶりを振った。ひとりで出すなんて恥ずかしいし、 兄さんにはまだ及ばないし、と言い訳をつけるものの。
本当には、一番にナナリーに食べさせたいから。そして、ナナリーの作ったものを一 番に食べたいから。
「……ロロ?」
なんでもない、と笑う。さすがにまだ、口に出しては言えそうにない。

これは、兄にもナナリーにも、誰にも内緒の気持ち。そして、大事な秘密の時間。



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