[dear my brother]



その、声から伺うに少年であると思われる人は、ナナリーの元へ訪れていた。

あれから、エリア11で失敗したクーデター時にいつの間にか本国にいたナナリーにとっては、唯一の客人だった。
正確に言えば、もう一人幼なじみもやってくるのだが、どういうわけか父親の専属騎士のひとりとなった彼はその職務により国を空けることが多い。 国に戻ってきては必ず顔を見せにやってくるのだが、どうも少年の事は快く思っていないようだったが。

その日も宮殿の庭で、ナナリーと少年は一緒にいた。
少年は、話によると自分の父シャルルの兄、らしい。その証拠にと幼い頃の父の話や、母のこと、ナナリーや兄の生まれた頃の話などをした。
盲目の彼女は彼の姿が見ることができない上に、その声も口調もどう聞いても子供のものとしか思えなかったが、不思議と少年が嘘をついているようには思えず、時折戯れに伯父様と呼んでいた。

ナナリーの前のテーブルの上には2人分のお茶の用意がされているのだが、少年は草の上に寝ころんだまま、葉っぱを弄りながらぽつぽつと話しかける。

「ナナリー、ルルーシュの事教えてよ。」
そんな少年ーV.V.は、最近は兄のことばかりを訪ねてくる。
「この前もお兄さまのお話でしたよ?」
くすくすと笑って、ナナリーは答えた。
「そんなにお兄さまが気になりますか?」
「いいじゃない。ナナリーだって話し始めたらすぐルルーシュのことになるじゃない。」
すねたような口調が可愛らしいと思った。伯父様、なのに。
「私は、お兄さまだけでしたから。」
真っ暗な闇の中で、世界を作ったのは兄だった。その後触れあう人がふえても。
ナナリーの世界を紡いだ人。たったひとりの。
「ルルーシュに、会いたい?」
何度も繰り返された質問だ。当たり前だ。会いたくないわけがない。
「もちろん。…でももう会えない方がいいのかもしれないと、思うときがあります。」
「ナナリーは会いたくないの。」
「きょうだいは、いつか別れるものですから。」


「…本当にそう思うの?」
今まで明るく、軽い声色でしか話さなかった彼が、聞いたことのない暗い声で問いかけた。
「それが訪れないように、ずっと願っていました。でも。」
諦めるにはまだ短い時間だ。まだ1年も経っていないのに。
「ここに馴染んでいくにつれて、不安になります。お兄さまのいない生活が当たり前になりそうで。」
でも時間が経っていくのが、自分が変わっていくのが、怖い。自分が拒絶した世界を知るのが。
「それが本当の姿なのを認めるのが、怖いんです。」
もしかしたら、それを望んでいるかもしれない兄の、本意を知ることが。怖い。


「僕は、変わらない今が欲しいんだ。」
だから時を止めたのに。V.V.は独り言のようにつぶやいて、顔を上げた。
「ナナリーと僕が、兄弟だったら良かったのかもね。」
僕はずっと一緒にいられるよ。
突拍子のない言葉に驚いて、でもすぐに可笑しくなってナナリーは笑った。
「でもあなたは私の伯父様で、伯父様の兄弟はお父様なのでしょう?」
「そうだよ。でもシャルルにはもう僕はいらないかもしれないから。」
自分の言葉に不安そうな顔をしたナナリーを見て、V.V.は思った。
ずっと昔、自分の後ろに隠れていた弟はよくあんな顔をしていたな。ナナリーの髪がシャルル譲りなせいか思い出した。
いつからか弟はあんなに堂々と立つようになったのだろう。
お互いの知らないことなど無かったのに、いまでは知っていることの方が少ない。


V.V.は立ち上がると服に付いた草を払った。
「今日はアイツくるんだよね。僕はそろそろ帰るよ。」
見えないナナリーに手を振ると、V.V.は踵を返した。
「V.V.さん。」
様子を察したナナリーが声をかける。
「また、ここに来てくださいますか。」
その声も、顔も、一緒にいるよと指切りをした小さな弟を思い出すから。
「…ナナリーが、望むなら。」
そう答えてV.V.は穏やかに微笑んだ。



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26.may.2009
ないようがないよう。ナナリーは父似なのか母似なのか…